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冬の京都が恐ろしい紫水です。
さて、改めてこの作品を読んでみるともの凄く深い事が解りました。それに先生の解説が加わって、なんかもう感心というか共感と言うか納得することばかりww 井伏鱒二さんって原爆の事をかいた『黒い雨』で有名ですよね。ここで『山椒魚』を読んだこと無い人のために、軽く作品解説しますww
『山椒魚』っていうのは山椒魚が主人公です。彼はあるとき自分が太って岩屋(自分の家)から出られなくなってることに気づくんです。馬鹿ですね~。んで、「嗚呼、どうしよう」とか悲しんで、岩屋からの景色とか観察しはじめます。最終的に彼はだんだん狂っていって、しまいに岩屋に迷い込んできた一匹の蛙を自分と同じように岩屋にとじこめるんです。んで、蛙と「馬鹿」と言い合いながら二年そのまま生き、しまいにゃ和解して死んでいくという話です。
めっちゃ端的ですね。まあ、いいか。
山椒魚の感情っていうのが「笑」と「悲しみ」が主なんですよね。笑いっていっても「嘲笑」とかです。凄く山椒魚が人間臭くて、なんか共感しました。ちなみに『山椒魚』は1985年に大幅改訂されてます。蛙と山椒魚が和解しないまま物語は終わってしまうんです。罵り合って、そんで終わり。なんで改訂されたのかっていうのは、やっぱり大きな問題で、でもそれは井伏さんの考えが変わったからなんだなぁと仕方なく思います。『山椒魚』のラストで、二匹は和解しますが、これは「死を直前にしたら人間はもしかしたら優しくなれるのかもしれない」という井伏さんの思いがこめられていたのではないかと、先生は解説しました。だからきっと「人間は所詮は優しくはなれない」と井伏さんは思ったのでしょう。『山椒魚』はもともと戦前の作品でした。井伏さんは広島の出身です。おそらく井伏さんがそう思い直したのに原爆とか第二次世界大戦が関わっていることは否定できないでしょう。近代的エゴイズムが描かれた『山椒魚』は確かに大幅改訂される前のほうが作品としては良い出来だったと紫水は思います。だけど大幅改訂は「作家としての井伏鱒二が自分の思想を表現する本当の作家であり続ける」ためには不可欠だったのだろうと紫水は考えているのでありました。
さて、紫水が気がつかないうちに、バイトの面接を受けた『かしま鍼灸院』から電話が入ってました。しかも「こちらでお手伝いしてもらうことになりました」とのこと★★★ 「採用」とか言わないで、「お手伝い」というのがまたあの先生らしいなぁと留守番電話の録音を聞きながら微笑む紫水。信じられなくて、3回も録音を聞き直したりしました。そんなアホな子です。そういえば、何かに受かってこんなに嬉しかったのは凄く久しぶりです。立命館に受かったときも、(第一志望ではなかったけど)まぁ、嬉しかったんです。だけど紫水より母親のほうがテンパってわぁわぁ喜んでたので、喜びそこねました(苦笑)。確か、合否を確認したのは図書館のPCでしたね。図書館の自習室で勉強してたんです。自分で見たとき最初に感じたのが「あ……。あった」という驚愕。母親に電話して教えようと思って家に電話したら「ママなら図書館に行ったよ~」と電話の向こうで答える妹2。……え?と思っていたら、母親が参上して、結果を言ったら初めは「見間違えたんじゃないの?」と信じてもらえず、PCで結果をみてやっと信じてもらえたという微妙な記憶があります。……紫水はどんだけ母親に信用されてないんでしょうね(泣)。
兎に角兎に角、わ~~~い、わ~~~~~い!!!!!!
木曜日にもらうはずだった電話ですが、今日いただけて凄く嬉しかったですww 今度は長続きさせたいですねっ★
昨日雨が降ったため、自転車を学校においてきました。だから今日は歩いて学校にいってきました。ちなみに一限はフランス語のオーラルで、紫水はどうしても寝坊することが出来ない立場だったのでYちゃんとN君に頼んでモーニングコールしてもらいました。二人共住んでるのが大阪・兵庫と県外のため、朝起きるのが早いのです。7時ちょっと前のN君の電話で半分目がさめて、7時半ちかくのYちゃんの電話で完全におきました。だけど、「おはよう~」って電話にでたら、N君には「大丈夫か?」と軽く心配され、Yちゃんには「あはは、死にそうな声してるねぇ」と笑われました。……そんなに死にそうな声だしてたんでしょうか。謎です。多分、来週とか再来週のテストの時も電話してほしいっていうかも。二人共ごめんね。そしてよろしく(銃声)。
さてさて、そんな訳で歩いて学校に行ったのです。紫水の家は千本中立売りの近くで、北野天満宮の近くです。自転車で行くときは通らないのですが、徒歩でいくときは北野天満宮の前をとおって学校に行くのが紫水のおきまりコースです。人通りがあるから自転車ではちょっと走りにくいのですが、距離的には北野天満宮の前を通っていくと少しは近いんです。てこてこと西陣警察署の横をのぼってきて、北野天満宮が見えた時、なんか「見え」ました。うん。オーラっていうんでしょうかね。凛としたオーラ?が北野天満宮から感じられました(笑)。あ、これ冗談とかじゃなくて大真面目ですよ。 そう感じたのも冬が近くて空気が張り詰めてきた影響かもしれませんね。なんか、そう、剣道場とかのあの身の引き締まるような雰囲気が見えたんです。わぁ……って思わず立ち止まりそうになった(立ち止まったら遅刻するので、あくまで「立ち止まりそうになった」)。
そういえば紫水の親友が神道に興味があって、そのために大学を受験しなおすとまでいってます。彼は神社とかが大好きです。何故、お寺じゃなくて神社限定なのかいまいち解らなかったのですが、今日の北野天満宮をみて少し解ったかも(笑)。紫水はどちらかといえばお寺のほうが好きでした。だって神社って誰もいない所とかあるじゃないですか。なんかそれって少し淋しく感じたりするんですよね。お寺はだいたい住職さんとかがいますし、淋しさを感じません。でも彼に言わせると「それもまたいい」のだとか。確かに今日の朝感じた凛とした空気は、なんか神聖さみたいなものまで感じられて、むしろあれは人が居ないほうがいいのだと思いました。神社って独特の雰囲気を持っていて、それは人が踏み入ってはいけない領域なのかもしれません。
そんな普通に人に話したら笑われそうなことを考えた朝でした。
あと、チェス。
紫水はチェスが好きです。携帯のゲームでも持ってます。ただし最近は、やってません。だって携帯のチェスって弱いんですもん。勝ってばっかりじゃつまらないです(←贅沢)。紫水がチェスと出会ったのは確か中学生の時。実家にチェスとオセロが両面で楽しめるゲーム盤みたいなのがあって、昔から興味はあったのですが難しそうと思ってやってませんでした。オセロは……小学生の時からやってましたね。父親が一応チェスができるので教えてもらって、一時期もの凄く二人ではまって、週末は毎晩やってた記憶もありますww 将棋もその後一応習ったのですが、お馬鹿な紫水には複雑すぎました(汗)。チェスって駒が一つ一つ形が違うから解りやすいんですよね。かっこいいし。将棋なんて駒の大きさと文字の違いだけじゃないですか。おまけに動きがややこしいし(特に金とか銀とか)、とった駒を使えるとか複雑すぎです。相手の手を読むのに、もの凄く頭を使うじゃないですかっ!!!!!!! その点、チェスは駒の動きが単純で、とった駒は使えないので相手の手が読みやすいです(と、紫水は思います)。
チェスっていえば、中三の時学校に持ち込んで、放課後廊下で遊んでた事があります。先生がこないと思ってたら、偶然通りすがりの先生に声をかけられて、急いで隠して嘘ついて誤魔化しました(汗)。そのときチェスを一緒にやっていた子に「お前スカートはいてるんだから、その中に隠せよ」と無茶難題を言われた記憶があります。無理だっつーのww
こっちにくる時、チェス盤を実家に置いてきてしまいました。でもよく考えたら、家族の中でチェスをこよなく愛してるのは紫水だけでした……。12月に母親が紅葉を見に(わざわざ)泊まりに来るらしいので、そのときにでも持ってきてもらおうっと。
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