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題名は「人形の世界」ですかね。
引き続き、救いようの無い駄文です……
「おかえりなさい、サトミさん」
自宅の玄関をくぐった私は、最初にお母様の部屋に行き、こうしてお母様と挨拶を交わすのが日課だった。母はいつも着物を着ている。今日は薄緑の着物だった。
「ただいま帰りました」
「今日は日舞のお稽古の日ですから、早く支度なさい」
「はい。お母様」
玄関に飾るであろう花を生けている母に一礼して部屋を出る。私の部屋は母屋ではなく離れの一番奥にある。私は自分の部屋にいくついでに母の部屋に立ち寄るのだ。それにそうでもしないとお母様と喋る機会が全くないから。お母様は食事すら一緒に取れない多忙な身であるから、仕方ないといえば、仕方ない。
縁側をあるきながらふと庭を見ると、偶然鯉が跳ね上がった。そのあとに続いてカコンと鹿脅しが庭中に響く。部屋に着くと私はすぐに障子を閉めた。そして大きく深呼吸をする。それは深呼吸というよりため息に近かったかもしれない。
マリちゃんに「私に似合っている」と評された自分の家が、私は大嫌いだった。いや、嫌いなんて感情すら持ってない。確かに見た目は風流である。それは私も認める。木造の平屋で広い庭があり、庭には小さいけど池があって鯉がいる。春はサクラが咲き、夏はクチナシが白い花をつけ、秋には紅葉が美しく散り、冬はツバキがしっとりと花開く。
だけどそんなの所詮外見だけ。月曜日は琴、火曜日は日舞、水曜日は三味線、木曜日は塾、金曜日はお花で、土曜日が再び日舞。日曜日だけは何も無く、唯一私が好きに使える天国のような日である。そんな日曜日は、大抵自分の部屋でぼんやりと過ごすか、マリちゃんと遊びに行く。彼女はまだ私の一週間を知らない。
「サトミさん。車の用意が出来たそうですわよ」
「すぐ行きます」
障子の外から声をかけてきてくれたカズコ姉様にやんわりと返し、私は机の引き出しを開けて扇子を手に取った。そして箪笥から練習着の浴衣を出す。
「あの、サトミさん。ちょっといいかしら?」
「ええ、どうぞ」
まだ姉様が部屋の前にいたことに驚きを隠せなく、思わず声が裏返りそうになった。私の返事を聞いた姉様は、するりと滑り込むように部屋に入り、静かに障子を閉めた。
「お姉様、なんですの?」
「サトミさん。貴女は今のままで平気なの?日曜日以外、毎日習い事で……。大変じゃないの?」
「……」
「もし大変なら、お稽古をやめたいのなら、しっかりお母様に言ったほうがいいわ。私だって今ではお琴しか習ってないし、それにお母様が勝手に決めた習い事ですもの。サトミさんにだって拒否する権限くらいありますわ。確かに教養が豊富なのはいいことですけど、これじゃサトミさんの自由がありませんもの」
「……自由」
そんなもの、どこを探したってこの家では見つからないというのに。お姉様はそれに気がついていないのだろうか。私達に与えられてる自由なんて、この家においては皆無。探すだけ、求めようとするだけ無駄だ。カズコ姉様だって解っているはずなのに、どうしてまだ無駄な努力をしようとするのだろう。努力したって、お母様が変わるはず無いのに……。
心配そうに私の目を覗き込む姉様に私はにっこりと笑って返した。
「大丈夫ですわ。心配してくださってありがとうございます」
紅色の扇子と練習着をもって私は姉様の横をすり抜け、部屋を出た。背後でカズコ姉様の声が聞こえたような気がしたが、聞こえなかったフリをした。玄関を出たところでザワリと風で木が揺れる。その時自然と笑みがこぼれた。姉様が心配してくれたのはありがたいけれど、さっきの言葉は嘘じゃない。
だって私は自由を求めてませんもの。
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